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明道稲荷
 飛び地境内(豊明市新栄町2丁目)にある。由緒は慶応元年(1865)知多郡北崎村(現 大府市北崎町)の素封家浜島卯八の三女 「とう」 が寂應和尚の感化を受け、当時の東海道の街道を行き来する旅人の難儀を救わんと剃髪して仏門に入り明道尼と改名し、東海道の街道に面した落合(現 新栄町1丁目)の集落に浜島卯八の援助で寂應庵を建立した。その庵を東海道を旅する人のための無料休憩所として毎日お茶の接待を行い人々の心身を癒した。いまでもその時に使った大きな湯釜が曹源寺に保管されている。平成2年明道尼100回忌のとき尼の業績を顕彰するため一堂を建立、福徳を与える稲荷を明道尼に因み明道稲荷と尊称し明道尼の仏心の証として末永く人々の安穏を祈願するため、その堂のご本尊としてお祀りしている。